【幼少期】自分がどうやってバイリンガルになれたか|アメリカ帰国子女

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こんにちは、バイリンガル育児奮闘中の chiyo です!

我が家ではベビー(現在1歳9ヶ月)がバイリンガルに育ってくれるよう、まだベビーがふにゃふにゃの頃から英語と日本語、2言語で話しかけています

その成果あって、今は英語でも日本語でもどっちもちゃんと同じように理解出来ています!バンザイ!

そんなベビーももうすぐ2歳になるので、最近幼稚園とか色々リサーチし始めたところ、

このままバイリンガルに育てるにはどうしたら一番いいのか?

とすごく考えるようになりました。

そこで、実際に自分がどうやってバイリンガルになれたのか、自分の実体験を初めてちゃんと考えてみました。

帰国子女って一般的に「英語ペラペラ」って思われがちですが、何年海外に住んでいたか、またどういった環境だったのかで英語のレベルはだいぶ違ってきます

実際私も、今は日本語も英語も自分から帰国子女だって言わなければ気づかれないレベル(アメリカではアメリカ人だと思われ、日本では純ジャパニーズだと思われる)ですが、英語を忘れて全然喋れない時期もありました

また、私の親は基本真面目ですが特に勉強家とかではなく、私と姉の教育についても結構のんびりな感じでした。

そんな家庭で育った私でもアメリカに住んでバイリンガルになれたので、

その逆を日本で出来たらマイベビーをバイリンガルに出来るんじゃん!?」って思って、今回考えてみることにしました。

今日は0〜12歳の幼少期について書こうと思います。

chiyo
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お子さんをバイリンガルに育てたいママパパさんの参考になれば嬉しいです!

私の簡単なバックグラウンド(生い立ち)

  • 0〜6歳:アメリカ 
  • 6〜12歳:日本で小学校(地元の公立)
  • 13〜16歳:アメリカで中学校(現地校)
  • 16〜19歳:日本で高校(帰国子女の多い私立)
  • 19〜24歳:アメリカで大学、卒業後NYCとハワイでアート関係の仕事など 
  • 24歳:日本帰国、その後大手英会話スクールで英語講師として働き始める 

幼少期:生まれは日本

  • 両親ともに東京出身で、私も東京都内生まれ
  • 親が仕事で転勤になり、私が生後2ヶ月の頃家族でアメリカへ移住

幼少期:アメリカでの生活

  • 親は当時日本語しか喋れなかったので(今でも好んで英語を話したりしません)家での会話は日本語のみ
  • 両親ともに特におしゃべりとかではなく、日本語のインプットを多くしようと意識していた感じはナシ
  • 日本語の絵本などは少しあったが、日本語の勉強のために特に何かをした覚えもナシ
  • 3歳年上の姉とは英語で喋ることも
  • 当時は(1980年代!)ネットはもちろん無いし、テレビでも日本の番組などやってなかったのでテレビは全部英語の番組ばかり
  • 大好きだったテレビ番組:Sesame Street(セサミストリート)、Mister Rogers’ Neighborhood(ミスターロジャーズ ネイバーフッド)、Fraggle Rock(フラグルロック)、The Smurfs(スマーフ)など
  • 現地のキンダーガーデン(幼稚園)に通って毎日すごく楽しかった!
  • キンダーで自分の英語のレベルで困ったり差を感じたりしたことはナシ
  • 帰国直前にキンダーでやっていて楽しかったのは、先生が言った文章をアルファベットでスペルするゲーム。今思うとフォニックスをやってたんだ!
  • 近所の日本人家族の子供たちとも遊んだが、基本的に現地の友達が多く、仲の良い子はみんなアメリカ人
  • 日本語の勉強のために補習校(毎週土曜日)にも帰国前に短期間だけ通った。(入学出来る年齢が決まっていたのでそれまで入れなかった)家庭での会話で身に付けた日本語で不備を感じることはなかった

幼少期:日本帰国

  • 帰国後、地元の幼稚園に入園。人生で初めて見て初めて跳んだ跳び箱で突き指した…笑(アメリカでは跳び箱って無いんですよ!今でも跳び箱意味不明) 半年くらい通って卒園
  • 補習校の時同様、日本語のレベルで困ったり差を感じたりしたことはナシ
  • 卒園後、地元の公立小学校入学
  • 親もせっかく話せる英語を忘れさせまいと思ったらしく、小学校4年生くらいまでは姉と英語のセミプライベートレッスン(私たち姉妹二人とネイティブ先生)と、帰国子女ばかりのグループレッスン(帰国子女の親御さんたちで作ったグループ)に週1回ずつ通っていた(5年生くらいから中学受験のため塾に行くようになって辞めた)
  • そのレッスンのお陰か、レッスンに通っていた頃はまだ普通に英語で話ができていた(先生との会話も問題なかったし、グループレッスンでは自分がその週何をしたかを毎週発表しなきゃいけなかったが、今思うと問題なく喋れていた)
  • 家ではアメリカの時と変わらず親との会話は日本語のみ姉とは喧嘩の時とかは英語、笑
  • 当時もまだケーブルとかネットは無かったから、テレビも日本語のみ
  • 学校でも英語の授業は無かった
  • レッスンに行かなくなってからは英語を使う機会が全く無くなったので、忘れた実感もなかった
  • 中学受験をして志望校入学したが、親がまたアメリカに転勤になったので通ったのは2ヶ月間のみ
  • 中学での英語の授業はすごく楽しみだったし実際楽しかった!単語のスペルとかは覚えるの簡単だった気がするけど、英語での会話の仕方とかはもう完全に忘れていた

まとめ

幼少期だけでも結構長くなっちゃいましたが、いかがでしたか?

  • 英語も日本語も普通に喋れたアメリカ6年間
  • 日本に帰国後、英語レッスンを辞めたら英語を話す機会も聞く機会も無くなって、英語は完全に忘れちゃった
  • その状態で2回目のアメリカに行きます!

次回は2回目のアメリカ生活について書きますね。

ちなみに、3つ年上の姉は、日本に帰国した時に小学校3年生で、2回目にアメリカに行った時は高校1年生でした。私は英語を使わない数年間で喋れなくなりましたが、姉はレッスンを辞めた後も中学で英語の授業があったので忘れずにすみました

やっぱり言語は聞いたり話したりする環境にいることがすごく大事なんですね。

マイベビーはまだほとんど喋りませんが、せめてインプット量だけでも増やすぞ!!!って改めて思いました。

おうち英語頑張りましょ〜!それでは。

コメント

  1. […] […]

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